自閉症の僕が飛び跳ねる理由を読みました。
読んで感じたり今まで思っていたことと合わせて書いています。
自分の常識を他人に押し付けてはいませんか?
たまに人に言われたりしてハッとするのですが、僕らはあまりにも自分の価値観や常識を他人に押し付けて文句を言ったりしていないでしょうか。
もちろん日本にある他人や年上や目上の人を尊重するということを僕は常識的に大切にしています。しかしついつい身近な人や周りの近い人には自分と同じような感覚を要求してしまい、なんでアイツはこうしてくれないんだろうと文句を言ってしまったり感じることがあります。
障害者・病気とは何なのか
他人と決定的に違ったり、ハンデキャップと言ってその人を別の括りに分けることはある意味正解で簡単なことです。
昔だったら普通だったかもしれません。
しかし今は多様な価値観に簡単に触れることや知ることができる時代です。
LGBTだのダイバーシティだの日本はかっこいいようなカタカナや英文字を並べて意識が高い系の会社が盛んにあーだこーだ言ってカッコつけていますが、
実際どれだけ世間が認めているでしょうか。
自分の周りにいないからといって他人事だと思っている人が大半ではないでしょうか。
僕も実際そう感じていますし好みで見たりするまではそう思うことでしょう。
誰しも自分の身で体感するまでは分からないし知りたくもないと思っています。
だからこそ映画などで疑似体験するとわかったような気になれます。
映画「聲の形」を見たときも僕は疑似体験をしてわかった気になれました。
それをパラリンピックや24時間テレビの時も言われましたが、
「感動ポルノ」といって障害者に感動を作らせるといった批判もあります。
盲目のヨシノリ先生がテレビに出演していた際に、
「私のような人がテレビに出て珍しいとか注目されないような世の中になって欲しい」というようなコメントをされていたが以前心に刺さりました。
まだまだ世の中の理解や関心が足りていないということなのでしょうか。
自閉症の僕が飛び跳ねる理由とは
筆者は自閉症の方です。
読んだ感想は自閉症とは子供のようであり、脳の構造が異なるのではないか。
と言った印象を受けました。
他人に伝えることの難しさ
言葉や体での心を表現すること
自分と他人のコミュニケーションの仕方の違い
など普段自分がうまく伝えられていると思っていても他人にはそこまで自分の思っているほど言葉は伝わっていないのではないか
とまで考えさせられました。
最後のあとがきや英語版翻訳者の言葉は必見です。
NHKスペシャルを見た後に再度感想を書き直そうと思います。
見てきました。
やはり他人が考えている幸せとその人の幸せが違うこと。
障害があっても、病気になっても幸せになることはできるし、幸せになる権利が誰しもあるのではないかと考えました。もっと誰しも自分に素直で好きに生きてもいいんじゃないかと最近様々な批判に対して改めて感じています。
見た後でも見ていなくても再放送やこの本を読んで何が自分と他人で違うのかや他人に対する自分を考えを見つめ直すことができると思います。